日本建築ランドスケープ京都環境・景観アトリエひとりごと
重要文化財に指定されている
築地塀越しに山を背景とした天授庵を見る
その左奥に本坊方丈の杮葺の屋根が見える
全体で国宝に指定されている
豊かななアプローチ空間となっている
南禅寺境内を見る 三門を中心に
亀山天皇は風光明媚なこの地を愛され
1264(文永元)年に現在の南禅院の地に
離宮を営まれた
天皇はその後法皇となられ
1291(正応4)年には禅寺に改め自ら開基となった
諸堂は次の二世の時代にととのえられた
そんな歴史から当寺は京都五山の上に列せられたが
その後室町時代に三度火災にあい
現在残る建築は江戸初期以降のものとなる
三門は江戸初期1628(寛永5)年に再建された
江戸期・寛永の時代は
建築的には本格的な江戸期に入る直前であり
新しい時代に入っていく新鮮さもありながら
建築的にはいまだ中世の作風が残る時代である
この三門はそんな時代を反映し
構造的な力強さをよく表現し
視線の抜け感もよくこの時代の感性をとどめており
重要文化財に指定されている
門でありながらちょっと休憩したくなるような
眺めがよく心地よく安心できる空間である
門を横断し地面を這う太い地長押は力強さを発揮しているが
格好のベンチともなっている
三門前から南を見る
築地塀越しに山を背景とした天授庵を見る
(下写真)法堂は豊臣秀頼が寄進した堂が明治28年に焼失したあと
1909(明治42)年に再建されたもの
その左奥に本坊方丈の杮葺の屋根が見える
(下)本坊方丈を築地塀の外から見る
右手の妻部が見える屋根が大方丈 左手の屋根が小方丈
大方丈は天正年間に豊臣秀吉が建造寄進した御所の殿舎を
1611(慶長16)年後陽成天皇より拝領し移築したもの
左手の小方丈は伏見城の小書院を移したもので
ともに由緒があり両者は結合され
全体で国宝に指定されている