昨年のあいちたてもの博覧会

その会期中に訪問した足助の街並み

重文の鈴木家のほかに未公開の足助小学校と

旧足助資料館が見ることができた

その一つ豊田市立足助小学校は

明治初期からの長い歴史を持つ

この講堂は1928(昭和13)年に建てられた講堂

私が何十年か前に過ごした名古屋市の小学校にも

このような平屋の講堂があり、

その近くには二宮金次郎が薪を担いで

読書しながら歩く像があっことを記憶している

講堂の隣には鉄筋コンクリート造3階建の校舎が建ち

小学校の体育館として現役である

下は正面全景

木部の色は何回も塗り替えられているであろうが

嫌味のないピンクが屋根瓦とよく調和している

玄関で生徒を迎える玄関の屋根は

入母屋屋根の妻部の中心とピッタリあわせ

きれいなプロポーションである

玄関屋根は切妻屋根の頂部の角を

斜めに切り落とした半切妻屋根で

当時の住宅でも多く見られ

そのころはやっていたスタイルであろう

 

 

プロセニアムアーチは漆喰が塗られ

左官職人による手の込んだ装飾が施され

古き良き時代を思わせる

耐震改修がなされ窓側では

痛々しいしいほどの太い筋交いがつけられている

 

 

旧足助資料館はもともと1912(大正2)年

愛知県蚕業取締所足助支所として建てられたあと

森林組合事務所や公民館として利用され

その後1987(昭和62)年に豊田市足助資料館

として開館したという

その後2024(令和6)年の4月に

豊田市美術館の隣に豊田市博物館が完成し

収蔵品はそちらへ引越しし

現在は使用されていない

下は全景

 

玄関入口部分

この屋根形状も足助小学校体育館の

入り口屋根と同じ半切妻屋根

 

玄関庇を内側からみる

ここでも柱の上部にはモルタル素材で

直線的な模様が付けられている

左官職人のコテによるわざである

 

建物の裏手にある高架水槽

その水槽の下にはかつて井戸があり

その水をポンプアップしてこの水槽に送り

さらに全館に配水していたとのこと