建造物神社建築愛知県日本建築ランドスケープ環境・景観アトリエひとりごと
とある
江戸幕府により造営された社殿と考えられる
氷上姉子神社 日本武尊と祭神宮簀媛命の物語
現地にある縦看板に記された歴史によると
氷上姉子神社は宮簀媛命(みやすひめのみこと)を祭神とする
「寛平熱田縁起」によれば、
建稲種命(たけいなたねのみこと)が
火上(ほがみ、現在の大高町)に
日本武尊(やまとたけるのみこと)を迎えた
武尊は東征の帰途にも立ち寄り、
その妹の宮簀媛命を妃とされ、草薙劔を託されたという
武尊が伊勢の国で逝去後は媛命がその劔を守護し
やがては熱田の地へお祀りした という
当神社の起源は宮簀媛命の館跡で現在の元宮の地に
仲哀天皇4年に社殿を創建して
媛命を祀ったのが起源で
持統4年(690年)に現在地に移ったといわれる
そんな神話も残り現在熱田神宮の摂社に名を連ねている
その後は江戸期の1686(貞享3)年に
幕府により造営が行なわれ今に至っている
下の地図は古橋先生の地図から引用加筆した
氷上姉子神社と熱田神宮の位置関係で
二つは成海(なるみ)潟で隔てられているが
はほぼ南北線上にある
これが劔が移動した経路

下写真は宮簀媛命の住居跡の碑
「倭武(やまとたける)天皇妃 尾張国造り之祖 宮簀媛命宅跡」
とある
上記の宅跡の碑の近くにある
元宮の小さな祠
宮簀媛命が最初に祀られた場所

持統年間に移ったとされる現在の氷上姉子神社
元宮からは数百メートルの位置にある
江戸幕府により造営された社殿と考えられる